ジャパンネット バンク セクション

ジャパンネット バンク デッドセクション

セクションとは?

デッドセクションとは、電化された鉄道において、異なる電気方式や会社間の接続点に設けられる、架線に給電されていない区間・地点のこと。死電区間(しでんくかん)、無電区間(むでんくかん)、死区間(しくかん)ともいう。
1.のような直流電化区間と交流電化区間の間に設けられるデッドセクションを交直セクション、3.・4.のような交流電化区間の間に設けられるデットセクションを交交セクションともいう。
デッドセクションは、FRPなどで造られたインシュレータ(日本の在来線で長さ8m程度)をトロリ線に挿入するか、2つのエアセクションの間に無加圧区間(中セクション)を設ける方式(ヨーロッパの本線上で使用される)で絶縁を行うが、列車がここを力行のまま通過すると、パンタグラフが現在の送電区間を抜け出た瞬間に大きなアークが発生して危険であるため、その手前に「架線死区間標識」を設けておいて運転士はこれを視認し、惰行状態で通過させる必要がある。この無加圧区間については、通電はしなくとも架線かそれに代わる物が必ず張られている。これはパンタグラフについて発条の力で上昇させる構造上、架線が無い状態で上昇させていると跳ね上がって破損してしまう可能性がある為である。
高速鉄道では大電力を得るために交流電化を採用する例が多いが、前述の類例3.のような異相区分セクションが随所に存在することとなる。しかし高速下では運転士が架線死区間標識を見落とし易い上、惰行運転が高速維持の妨げとなるため変電所の数を増やすことができず、列車の本数や編成の長さが制約を受ける。ヨーロッパ方式のデッドセクションを用いるTGV(フランス)やKTX(韓国)などは今なおこの方式で運転されている。これに対して日本国有鉄道は、東海道新幹線の開業に際し、先の中セクション(1km程度)を変電所や饋電区分所に接続し、列車が中セクションを通過している間に電源を0.05〜0.3秒程度の無電時間を介して進行後方側から前方側の変電所に自動で切り替える饋電(きでん)区分切替セクション方式を開発し、惰行することなく異相区分セクションを通過できるようにした。ただし、加速中・回生制動中に切替セクションを通過すると無電時間の開始・終了時に前後方向の衝動が発生するため、これを避けるために切替セクションの位置を覚えておき、「自主的に」惰行状態で通過する運転士も多いようである。
デッドセクション前後の電気方式の違いによっては、通過時に車両側の回路を切り替える必要がある。これらの区間を通過する電車列車や電気機関車牽引列車は、直前でモーターへの通電を止めて惰行で無給電区間から切替先の送電区間まで走りながら回路を切り替えて、全パンタグラフが切替先の送電区間に入ったら再びモーターに通電(力行)させる。これを車上切替方式と呼ぶが、そのためこの区間を通過する際に、電車の場合一時的に室内の照明が消え、非常灯のみが点灯する事がある。これは、回路を切り替える際に遮断器(ブレーカー)を作動させ、一時的に電車全体が停電状態となるためである。しかし近年は補助電源で車内灯を点灯するため、この消灯現象も旧式の電車に限られたものとなりつつある(車内灯が消灯しない場合でも、空調装置が一旦停止し再度動き始める音でそれと判ることがある)。
なお、気動車列車やディーゼル機関車、蒸気機関車牽引の客車・貨物列車では架線からの電気は一切使用しないため、饋電区分切替セクションでもデッドセクションでも前述の動作は必要ない。
また、駅構内の架線に流す電流の切り替えにより電気機関車を付け替える方式もある(地上切替え)。電気機関車牽引の列車が少なく、電車が主流の日本の鉄道においては採用例が少なく、1957年9月の仙山線仙台〜作並間交流電化開業にともない、作並駅構内に地上切替え設備が設置されたのが最初で、これ以外には1959年に東北本線黒磯駅、1960年に奥羽本線福島〜庭坂間の本線上に設置された例がある。
黒磯駅以外の地上切替え設備は、1968年9月に奥羽本線福島〜米沢間、仙山線の作並〜山形間が交流電化に切り替えられたことから消滅し、2006年現在では、東北本線黒磯駅が、営業線上で常時使用されるものとしては日本で唯一の例となっている。

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