ジャパネット 高田 プロレスラー
プロレスラーとは?
日本においてはプロレスラーやレスラーの呼称が最も一般的だが、女性のプロレスラーと区別する必要がある場合は男子プロレスラーと呼ばれる。女性のプロレスラーは、通常女子プロレスラーの呼称が用いられる。
アメリカのプロレス団体WWEではスーパースター(女性はディーヴァ、ただし女性プロレスラー以外にも使用される。⇒詳細はディーヴァを参照)、メキシコのプロレス(ルチャリブレ)ではルチャドール(女性はルチャドーラ)と呼称される。
メキシコを除き、プロレスラーとして収入を得るために免許を取得する必要は無い。ライセンスに対する取り組みは、日本国内ではかつて日本プロレスにおいて団体独自にライセンス発行を行っていた事がある。また、2006年に発足したグローバル・レスリング連盟がライセンスの発行を計画しているが、2007年時点で実現していない。プロレスラーになるための方法も様々であり、以下の様な経路がある。
各団体が定期的に行うオーディションに合格する、あるいは後述のプロレスラー養成所に所属する場合、その養成所がコネクションを持つ団体に入団する。仮に入団出来ても、その厳しさからデビュー出来ずに退団するものは多い。しばしば「夜逃げ」の形でいなくなる者も現れる。高山善廣の様に一度夜逃げして出戻りするものや、大手団体から逃げて小規模団体に移った後にデビューする者もいる。
体力と技術をここで付ける。日本の場合は、養成所での経験があっても入団後しばらく団体内で再度修練を積むことが普通。養成所が自主興行を行い、ここでデビューする者もいる。アメリカにおいては、養成所を経由してプロのリングに上がるケースが一般的である。また、プロレスラー養成所は引退した有名レスラーが主催するものやプロレス団体が設置しているものが多い。
ライセンス制度が無いため、未経験の者でも客前で試合を行うことがある。アメリカではスポーツ選手のデニス・ロッドマンやカール・マローン、アクション俳優のミスター・Tがリングに上がったことがある。日本ではタレントの滝沢秀明や狂言師の和泉元彌、着エログラビアアイドルのインリン・オブ・ジョイトイなどが試合を行った。また、他の格闘技で活躍する選手、K1のアーネスト・ホーストや総合格闘技のマーク・コールマン、宇野薫がリングに上がったことがある。
学生プロレスで活躍した後、団体に入門しデビューする者がいる。ある程度体ができており、基本的な動きを習得しているため、デビューも早くなるという利点がある。棚橋弘至が有名だがレイザーラモンHGもこの範疇に入れることができる。かつては、学生プロレス出身者は、特にメジャー団体のレスラー達からは毛嫌いされていた。学生プロレス出身であったMEN'Sテイオーが、初めて新日本プロレスに出場した時には、目の仇にされ、タッチ拒否や袋叩き等の目に遭っている。ただし、現在は棚橋の例にあるように、拒否反応は少ない。
また、デビュー後も多くの試合で実戦経験を積むことが重要である。単発興行中心のプロモーションでデビューすると月に1試合前後しか出来ないが、巡業を行う団体では月に10試合以上となる。生活と試合経験のため、他団体に出場するレスラーは多い。
大半の選手はプロレス団体と呼ばれる興行会社の「所属」となっている。日本ではプロスポーツ選手の雇用形態は社員にはできないので、個人事業主(請負)として契約している。専属契約を結んでいる場合は「所属」、それ以外は本来、フリーランスとなるが、ただ単にその団体へ出場機会が多いだけで「所属」と呼ばれている場合もある。厳密な契約書は存在せず、口約束・信用のみで契約を結ぶこともある。スタン・ハンセンは全日本プロレスとの契約は社長のジャイアント馬場との口約束のみで契約金を受け取っていたと語っている。
契約期間は年間契約での更新制、興行ごとなど様々である。団体と契約すると、肖像権や商標権などの束縛が発生することが多い(メジャー団体の場合は、放映権を持つ放送局との権利関係も存在する)。退団後、リングネームや技の名前が商標登録されているために使用できず、リングネームや技の名前を変えることがある。