ジャパネット 高田 総統 -
総統とは?
総統(そうとう)とは、国家元首またはそれに匹敵する国家の最高指導者の地位を表す名称の1つ。中国語で大統領を意味する總統に由来する。ただし、いずれの国の事例でも使用されるのではなく、日本語としての用例は、中華民国の国家元首、ドイツのアドルフ・ヒトラー、イタリアのベニート・ムッソリーニ、スペインのフランシスコ・フランコの場合に限られている。
イタリアの総統は、イタリア語の Duce (ドゥーチェ)の訳語。ドイツ語のFuhrerに相当する単語である。この用語は日本語では統領と訳されることが多い。また、総統・首領と訳されることもある。ただ、総統と訳されるのはムッソリーニの肩書としての場合に限られる。
1922年10月、イタリア王国の国王であるヴィットーリオ・エマヌエーレ3世から首相に任命されたファシスト党党首ベニート・ムッソリーニの称号である。ドゥーチェは、元々、ファシスト党の党首を指す名称であるが、ムッソリーニが独裁体制を確立したことにより、ファシスト・イタリアの最高指導者の地位を表す称号となった。ただし、法律上は、国家元首の国王が存在し、彼自身の役職は首相であること(つまり、ムッソリーニは国家元首ではない)、また、軍隊も彼ではなく国王に対し忠誠を誓っているなどの点で、ドイツの総統に比べると独裁の程度は弱い。実際に、ムッソリーニは、1943年7月に、国王から首相を罷免されると、その場でイタリア軍に身柄を拘束され幽閉された。
スペイン内戦における勝利を確信したフランシスコ・フランコ・バハモンデ将軍は、内戦終結1年前の1938年1月に、国家元首兼首相に就任し、内閣を組閣し、自ら総統と称した。その後、人民戦線が立てこもる首都マドリードを陥落、人民戦線の生き残りは国外へ逃亡した。こうして、名実共に独裁体制を確立したフランコ総統は、さらに、1947年7月、国民投票における賛同を得て、終身国家元首の地位につく。
1969年フランコ総統は、自分の後継者として元国王アルフォンソ13世の孫フアン・カルロスを指名。1973年6月、首相を辞任。そして、1975年11月、82歳で死去した。その2日後、フアン・カルロス1世は国王に即位した。それまでの言動から独裁体制を継承すると思われていた国王であったが、予想に反し、民主主義体制の整備を急ぎ、1978年12月、国王の権限を儀礼的なものに限定し、権力分立を定めた憲法を、国民投票による承認を受けた上で公布した。こうして、スペインの独裁時代は幕を閉じた。
国民からの民主化の要求が高まり、1996年、自らも民主化を望んでいた李登輝総統は、総統の直接選挙制度を導入した(台湾総統選挙)。この改革により、総統の地位は、建国の父孫文が模範としたアメリカ合衆国の大統領と、首相相当職の有無、選出方法に直接選挙と間接選挙の違いはあるが、権限および権威の面で非常に似たものとなった。
ガミラスの総統は、日本の代表的アニメ番組『宇宙戦艦ヤマト』シリーズに登場する、ガミラス帝国の元首の地位を示す称号。ナチスドイツの総統がモデル。作中でこの地位にあったのは、デスラーである。この名前はヒトラーに非常に似ておりその変形と言われることも多いが、実際には「死の太陽」を意味する語(デスラーの項参照)であり、外見や性格の設定に関してもヒトラーとの関連は見受けられない。