ジャパネット タカダホームページ カクテル

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カクテルとは?

※ アペタイザーの中にもカクテルと呼ばれるものがある(「フルーツカクテル」「シュリンプカクテル」)。また、野菜ジュース(または野菜の冷製スープ)のことをカクテルと呼ぶ場合もある。
また、中世ヨーロッパでは冬にホット・ワイン(グルーバイン)を飲むようになり、17世紀のインドでパンチが開発されると、一気にヨーロッパ社交界に広まっていった。「カクテル」という言葉自体は、1750年代に入ってから使われるようになったらしい。
その後、混ぜた酒(カクテル)がバーで提供されるようになり、製氷機の発明(1875年)によって、一年を通して氷が手に入るようになると、現在のような「冷たい飲み物」としてのカクテルが広まった。
近年では、カクテルの新しいスタイルを求めるアイディアのひとつとして、ミキソロジー(mixology)という言葉も使われ始めており、書籍も出版されている。用いる材料の高級嗜好であったり、またパフォーマンス的な調合法であったりと、その定義は多様なものとされる。また、そうしたミキソロジーの実践者をミキソロジストとして定義している。
18世紀初頭、アメリカ南部陸軍とアソロトル8世率いるメキシコ軍の間には小競り合いが絶えなかったが、ある時、休戦協定が結ばれることとなった。その酒宴の際に、メキシコ王の娘・コクチル(Coktil)が自ら調合した酒を供した。その美味しさと娘の美しさに驚嘆したアメリカ軍の将軍は、その場で「この酒はこれからコクチルと呼ぶこととしよう」と提案し、それが現在に至るという説。
メキシコのユカタン半島の港町カンペチュに大英帝国海軍の船が入港したとき、一人の海兵が地元のバーのカウンターでバーテンダーの少年が木の枝を使っておいしそうなドリンクを混ぜているのを見た。当時のイギリスには「お酒を混ぜる」という習慣はなかったため、彼は少年にその酒の名前を聞いてみたところ、少年は使っていた木の枝のことを聞かれたのだと勘違いし、「コーラ・デ・ガジョ」と答えた。これを英語に直訳した「雄鶏の尻尾(tail of cock)」が、やがて「カクテル」となったという説。
1775年ごろ、アメリカのニューオリンズに移住してきた薬屋アントワーヌ・アメデス・ペリシコーがブランデーに卵を混ぜたもの(いわゆる玉子酒)を売っていたが、これが評判になり、彼はフランス系アメリカ人の間でコクチュ(coquetier、フランス語で卵屋の意味)と呼ばれた。これが後にカクテルとなったという説。 (「ビターとコニャックをコクティニと呼ばれる器で混ぜて売っていたのが好評で」との異説あり)
トップ、ストレーナ、ボディーの3つのパーツからなる、混ざりにくい物を混ぜ合わせ、冷やしにくいものを強制的に冷やすために作られた道具。大抵はステンレス製。またボストンシェイカーというステンレスの容器とガラスの容器の二つのパーツからなるシェイカーも存在する。
アンズの核のエキスに、多数のハーブをブレンドして作ったリキュール。イタリア原産。アーモンド風味の香りが特徴で「アーモンドリキュール」と言われる場合もある。わかりやすく表現すると杏仁豆腐(杏の仁)の香りがする。
近年、日本では「カクテルの街」として町おこしをはかっているところがいくつかある。栃木県宇都宮市と北海道旭川市が特に有名で、カクテルの国内大会で優勝経験を持つバーテンダーを中心に、観光協会などがイメージ作りを進めている。他には、神奈川県横浜市(理由は同様)などもカクテルの街を名乗っている。

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