ジャパネット たかた 一眼レフカメラ
一眼とは?
一眼レフレックスカメラ(いちがんレフレックスカメラ)とは、単一のレンズを用いて、実際に撮影されるイメージをファインダーで確認することができるスチルカメラ(still camera)をいう。ドイツ語のシュピーゲル・レフレックス(Spiegelreflex:鏡の反射)という言葉が表現する通り、反射鏡を使ってファインダー(スクリーン)に結像させる機構が特徴である(多くの機種で反射鏡による像逆転を避けるためにペンタプリズムが使われている)。
レンズとフィルム(あるいはCCDなどの撮像素子)の間に鏡を置き、フレーミングやピント調整は鏡に反射させた光をファインダー用スクリーンに投射して行い、露光時に鏡を跳ね上げる、あるいはハーフミラーを使用してフィルムや撮像素子に光を当てるという構造を持つカメラ。
利点としては、ファインダー(およびファインダー用スクリーン)を変えずに撮影用レンズの交換ができ、パララックス(視差)の発生がなく、実写像に非常に近い像を見ながらフレーミングが可能なことである。
欠点としては鏡などの内部反射機構の分だけ本体が大きくなることと、それに見合うバックフォーカス空間が必要となり、レンズ(特に広角レンズなど焦点距離が短いもの)の設計に制限が発生すること、原理上撮影される瞬間はファインダーから像が消失し確認ができないこと、などである。また、ミラーの動作に伴うショックや騒音も大きくなりがちである。
一般的にはファインダーに正像を結ばせるためのペンタプリズム(廉価機種ではペンタミラー)が装着されていることが多いが、プリズムを持たないウエストレベルファインダー等が使える機種も存在する(ニコンFシリーズなどにオプションとして用意されている)。
一眼レフカメラの光学機構の源流は、カメラの前身であるカメラ・オブスクラの時代にさかのぼる。カメラ・オブスクラの中には、光路の途中に反射鏡を設置し、レンズの光学軸にたいして90度の方向に、像を結ばせるようになっていたものがあるのである。
それ以前のカメラは像面にフォーカシングスクリーン(ピントグラス)を取り付けてレンズの操作を行った後、その場所にスクリーンと交換する形で感光材料を設置するものであった。
サットンは光路上に可動式の鏡を取り付けカメラボディ上面のスクリーンに像を結ばせるという工夫をした。この機構によって写真を写す直前まで像を見つづけることができるようになった。
初の実用一眼レフカメラとされているのは、カルビン・レイ・スミス社から1885年に発売された「パテント・モノキュラー・デュプレックス」である。このカメラはミラーをシャッターとして使う構造であった。
これらの一眼レフカメラはイギリス、アメリカなどで作られており、このころの代表的機種としては、1898年登場の「グラフレックス」(アメリカ製)などがある。これらのカメラは乾板を用いたもので木製箱型の大型カメラである。また、ドイツを中心としてボディを折畳式としたホールディングタイプの一眼レフカメラも多く作られた。
35mmフィルムを使用した世界最初の一眼レフカメラは、ソビエト連邦・レニングラードのGOMZ社(国立光学器械工場、後のLOMO社)が1936年に発売した「スポルト」である。板状の2枚の金属板を使い、ミラーアップ時に先幕が閉じ、続いて後幕が縦走行するという、縦走り方式のフォーカルプレーンシャッターを搭載、シャッタースピードも最高1/500秒から最低1/25秒まで可変可能で、フィルム送りとシャッターチャージは上部の縦方向のダイヤルにより同時に行われる。バヨネット式の交換レンズ機能を有し、フィルム装填は普通の35mmフィルムを専用カートリッジに移し変えて装着、50枚まで連続して撮影できる。専用カートリッジは自作することもでき、ダークバック等で映画用35mmフィルムを最大50駒分切断し、リールに差し込めば容易に撮影できる。反射ミラーによる上部からの一眼レフのファインダーのほか、透視式の標準レンズ用のファインダーも装備され、世界初の一眼レフとして約16,000台販売された。