ジャパネット 通販 レコード
レコードとは?
音の再生にはレコードプレーヤーと針を用いる。レコードの回転とともに、そのレコードに刻まれた溝の凹凸が針に振動を与え、それが電気信号に変換されてスピーカーから音が発せられることになる。レコードプレーヤーの登場以前は蓄音機で再生された。
近年では、針ではなくレーザーを用いて非接触再生するプレーヤー(レーザーターンテーブル)もあり、割れた盤や傷の酷い盤でも高忠実再生できるのが売りであるが、ほとんどが日本円換算で100万円を超える極めて高価な機器である為、レコード趣味が高じている者でも簡単に手を出せるという物ではない。
世界初のレコード(音声記録)は、1857年、フランスのレオン・スコットが発明した「フォノトグラフ」である。スコットは、振動板に豚の毛をつけ煤を塗り、音声を紙の上に記録させた。再生装置が無かったため、フォノトグラフは実用にはつながらなかったが、1876年、グレアム・ベルが電話機を発明したことにより再生の目処がつき、複数の研究者が再生可能なレコードの発明に取り掛かった。
世界で初めて実際に稼動した、再生可能なレコードは、エジソンが 1877年12月6日(のちの「音の日」)に発明した「フォノグラフ」である。直径 8 cm の、錫箔を貼った真鍮の円筒に針で音溝を記録するという、基本原理は後のレコードと同じものである。フォノグラフは、日本では蘇言機、蓄音機と訳された。ただしこの当時はまだ、音楽用途はほとんど想定されておらず、エジソンも盲人を補助する為の機器として考案している。
これに対し 1887年には、エミール・ベルリナーが「グラモフォン」を発明した。最大の特徴は円盤式であることで、発端はエジソンの円筒式レコード特許の回避の為であったが、結果として、円筒式より収納しやすく複製が容易になった。中央の部分にレーベルを印刷できることも、円筒式にない特長だった。CD や DVD につながる円盤型メディアの歴史は、このとき始まったと言える。さらにベルリナーは、記録面に対し針が振動する向きを、従来の垂直から水平に変更した。これにより音溝の深さが一定になり、音質が向上した。
エジソンもこれに対抗し、円筒の素材を蝋でコーティングした蝋管に変更し音質を向上させた。蝋が固まるときに収縮することを利用した、鋳造による複製方法も発明したが、量産性は円盤式には及ばなかった。当初、アメリカではエジソンが、ヨーロッパではベルリナーが市場を支配した。しかし、両面レコードの発明などもあり、最終的にベルリナーの円盤式レコードが市場を制した。なお、円筒式は音楽レコードとしては姿を消したが、後に、初期のコンピュータの補助記憶装置(磁気ドラム)に使われたことがある。
初期の円盤式レコードは回転数が製品により異なったが、電気式蓄音機の発明により、後に SP レコードと呼ばれる 78 回転盤(毎分 78 回転)がデファクト・スタンダードとなった。また、初期の円盤式レコードは、ゴムやエボナイトなどが原料であったといわれているが、やがて酸化アルミニウムや硫酸バリウムなどの粉末をシェラック(カイガラムシの分泌する天然樹脂)で固めた混合物がレコードの主原料となり、シェラック盤と呼ばれた。しかしこの混合物はもろい材質で、そのためSPレコードは摩耗しやすく割れやすかった(瓦のように落とすと割れやすいことから、俗に「瓦盤」と呼ばれたほどである)。
また、収録時間が直径 10 インチ (25 cm) で 3 分、12 インチ (30 cm) で 5 分と短かったために、作品の規模の大きいクラシック音楽などでは、1 曲でも多くの枚数が必要で、レコード再生の途中で幾度となくレコードを掛け替える必要があった。特にオペラなどの全曲盤では、数十枚組にもなるものまであり、大きな組み物はほとんどの場合、文字通りの分厚いアルバム状ケースに収納されていた。今でもディスクのことを「アルバム」と呼ぶことがあるのは、それに由来している。また、ポピュラー曲に関しては、面ごとに違う演奏家によるレコードを複数枚集めたアルバムが作られる場合もあり、これを乗合馬車(ラテン語でomnibus)に見立てて、「オムニバス」と呼ぶようになった。現在「コンピレーション・アルバム」と言われるものがかつては「オムニバス・アルバム」と言われたのはこれが由来である。